「時を耕す農夫 ルール」は
高階 匠 監督と小山駿助 監督の映画制作を支援しています。
これまでの経緯
まず始めに、私がどうして「時を耕す農夫 ルール」ということ始めたのかということをお話できればと思います。
そもそも、私は上記に挙げた2名の監督の映画制作に10年以上自分なりに携わってきました。二人の映画制作に携われるのは、とてもやりがいがあり、学生の頃から長年の付き合いをありがたくもさせてもらっており、二人の後輩という立場にも関わらず、とても良い関係性を築かせてもらっていることは大変幸せなことだと思っています。そんな恵まれた環境をいただいているにも関わらずこのようなことを感じるのはわがままかもしれませんが、いままでを振り返ってみてその手伝いが積もり積もって苦に思ってしまう瞬間もあり、今後の自分と映画の関わり方について悩むようになっていたことがことの始まりでした。
ではなぜそのように感じるようになってしまったのか。それは自分の手伝い方が自己犠牲的になりすぎて自分を疲弊させていたことが大きいのかなと思いました(それは時間的にも経済的にも)。私は誰かのために献身的に動くことで自分の存在意義を見出さないといけない、という考えがありました。でも、それが結果として自分を疲弊させ、映画との距離感を生み出してたのだと思います。
でも、そうした状態で手伝い続けるのは彼らのためにもならないし、自分のためにもならないと思い直しました。
そこでどのようにしたら、今後も二人の制作活動を支援し続けられるのかということを考えたときに出てきたのが、この「時を耕す農夫」という考えでした。
今の私に必要なのは、まず自分自身のために、自分の時間と生活を豊かに耕すことでした。 そうして耕された土壌から、自然と溢れ出た「余裕」を、二人にお裾分けしていく。
そのような、今後も継続していける関わり方を目指すのが、「時を耕す農夫」であって、私のスタイルとしてそうあることが今の私にはベストだと考えました。
これからの方法
では具体的にはどう支援していくのか。
自分にできることは何かを考えたとき、各々と時間を共に過ごし、ただ真っ直ぐに話を聞くだと思いました。
もちろん、制作や撮影の手伝い、劇場公開や宣伝の手伝いはできます。ただ、それは自分の核を一番に活かしたものではありません。
一番の核は、彼らとともにいる時間を耕し、そばにいて話を聞くこと。
欲を言えば、ただ聞いているだけではなく、
次の行動への種まきのような存在になれるようにする。
それこそが自分が唯一できることであろうことであって、今後も磨いていきたいと思うことです。
(それには時間はかかりますが、あまりお金はかかりません(笑))
ところで由来
「時を耕す農夫」という言葉には、そんな時間を耕す農夫を目指したいという意味があります。「ルール」というのはフランス語の”l’heure(時間)”に由来しています(フランス語としては”les temps”(レ・タンプ)という方が正確かと思いますが、日本語ではすでに「規則」の意味で「ルール」という言葉に馴染みがあるのと、「ルール」という音のほうが日本語として言い淀むことのないところを鑑みてそのようにしています)。
これからの立場
とはいえ、私は映画業界にいて経験値を積んでいるわけでもなければ、実質的な知見があるわけでもありませんし、彼らの作品の制作資金を集めてこられるコネクションを持ったプロデューサーでもありません(もちろんそれらができればベストですが…)。
本来であれば、業界に入り理想的なプロデューサーを目指すべきなのだと思いますし(私は一度業界に入り、すぐに辞めている身ですが)、この「時を耕す農夫」自体も実際に映画業界の内部にいて、大変な思いをして制作されている方々からしてみればただの遊びにしか見えないと思われるかと思います。
ただ、業界の外にいる私が、いまの自分の経験と力で今後どのような映画への関わり方を現実的にできるのかということを考えた時、このようなスタイルであれば今後も自分は続けていけるのではないか、そんな想いをこの「時を耕す農夫」という形にすることで続けられるのではないか、と思い至った結果がこの様な形に結実しました。
そして表明
私としては、人のためになる製品を作るメーカーの方であったり、日々の生活を支える野菜作りを行う農家の方といった、ものづくりをされる方々と同じような存在になることが一番の理想だと思っています。今まで築き上げてきた土壌をもとに、これから私は二人との時間を新たな形で過ごすことで、次の行動への「きっかけづくり」という一種のものづくりを担う、そんな想いをもった「農夫」になれればと思っています。
このサイトでは、高階匠監督と小山駿助監督の活動を押し進める「時を耕す農夫 ルール」の活動を記していきます。
時を耕す農夫 ルール 田幸 翔
2026年3月5日(木) 啓蟄の日